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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)76号 判決

原告

株式会社クラレ

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和58年(行ケ)第76号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和58年2月7日、同庁昭和54年審判第15771号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年7月10日、名称を「加工糸の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和47年特許願第69271号)をしたところ、昭和54年10月15日拒絶査定を受けたので、同年12月19日、これを不服として審決の請求(昭和54年審判第15771号事件)をし、昭和56年3月31日出願公告されたところ、帝人株式会社から特許異議の申立てがあり、原告は同年11月2日付手続補正書により特許請求の範囲を一部補正したが、昭和58年2月7日右異議の申立ては理由があるとの決定と同時に「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年4月21日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

紡糸後の熱可塑性合成繊維未延伸原糸を所定の強度に延伸しながら加撚―熱固定―解撚よりなる捲縮加工を行う加工糸の製造方法において、該未延伸糸として突起を有し該突起間に凹部をもちかつ該突起が5個以上である異形断面繊維を用い複数層撚糸構造の加撚により捲縮加工を行うことを特徴とする加工糸の製造方法。

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められところ、特許異議申立人帝人株式会社が提出したフランス特許第2,089,237号明細書(昭和47年6月1日特許庁資料館受入。以下「第1引用例」という。)には、熱可塑性合成繊維の未延伸糸を延伸すると同時に仮撚捲縮加工を行う従来方法及び未延伸糸を所望の倍率で延伸し、更に所望の複屈曲率を有するまで延伸しながら加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行う加工糸の製造方法と未延伸糸の断面形状は5角形等の異形断面であつてもよいことが、また、米国特許第3,156,607号明細書(昭和40年4月5日特許庁資料館受入。「以下「第2引用例」という。)には、光沢度を減少するために、断熱6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行うことからなる加工糸の製造方法がそれぞれ記載されている。

本願発明と第2引用例に記載されているものとを対比すると、第2引用例に記載されたものも、その図面を参照しながら考察すると、断面6葉の繊維は6個の突起と突起間に凹部を有する異形断面繊維ということができるので、両者は、未延伸糸として突起を有し、この突起の間に凹部を有し、かつ、突起が5個以上である異形断面繊維を用い、加撚―熱固定―解撚よりなる捲縮加工を行う加工糸の製造方法である点で一致し、(1)本願発明は、捲縮加工する際に、紡糸後の未延伸原糸を延伸しながら行うのに対して、第2引用例に記載されたものは、延伸糸を捲縮加工している点、(2)本願発明は複数層の撚糸構造を有するのに対して、第2引用例には直接具体的に撚糸構造について記載されていない点で相違している。

そこで、右相違点について検討するに、相違点(1)については、未延伸糸を延伸すると同時に仮撚捲縮加工を行う加工糸の製造方法及び5角形等の異形断面を有する所望倍率で延伸した繊維を更に延伸しながら加撚―熱固定―解撚よりなる捲縮加工を行う加工糸の製造方法は、第1引用例に記載されており、工程短縮等の要請により第2引用例に記載された延伸糸に代えて、紡糸後の未延伸原糸を用いて延伸と同時に仮撚捲縮加工を行つてみようとすることは、当業者ならば特に困難を要せず容易に想到し得ることである。相違点(2)については、一般に、数本以上のフイラメントからなる糸は、撚糸すれば複数層の糸構造をとることは自明であり、とくに本願発明において、仮撚捲縮加工をする際に複数層の撚糸構造をとることによる効果も記載されていない。また、第2引用例にも10本のフイラメントを有する異形断面繊維を仮撚捲縮加工を行うものが記載されているので、第2引用例に記載された糸も複数層の撚糸構造を有するものであるということができる。結局、この点について、両者に実質的差異があるということができない。

以上のとおりであるから、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された事項並びに従来から周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審判を取り消すべき事由

第1引用例に本件審決認定の技術事項が記載されていることは認めるが、本件審決は、第2引用例の記載内容を誤認した結果、本願発明と第2引用例記載の発明とを対比するに当たり、両者の技術的思想、目的、構成及び作用効果についての差異を看過し、ひいて、本願発明は、第1引用例及び第2引用例記載の発明並びに従来から周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 第2引用例には、その冒頭に「本発明は、改良された光学的及び物理的性質をともにうまく具備した合成繊維及びフイラメントに関するものである。とりわけ、本発明は、細デニールの靴下編用としての連続フイラメント及び服地用としての短繊維として特に有用な特定の長方形断面繊維に関するものである。従来、種々の断面形状の合成繊維が知られている。その形状としては、りぼん形、亜鈴形又はトツグボーン形、十字形、小円鋸歯形及びY形があり、これらは二次製品とされたときに種々の特性を示す。しかしながら、これら公知の断面形状を有する繊維はどれもこれも、本発明の範囲内で用いられる二次製品に必須の物性、特に加工工程中で糸抜け抵抗と撚戻り抵抗を具備し、かつ、均整な光学的性質を兼ね備えたものではない。それゆえ、本発明の目的は、改良された光学的性質に加えて改良された工程通過性を有する新規な合成繊維を得るにある。更に、他の特別の目的は、均整にして屈曲自在の表面を持つ靴下編に製編可能な合成繊維を得ることにある。他の目的は、靴下編としたときに均整な光反射を呈するモノフイラメントを得るにある。他の目的は、加工段階において低い撚戻りと高い糸抜け抵抗を具備し、最終製品において低い光学反射(flash)を示す繊維を提供するにある。更に、他の目的は、服地として用いる場合に特に望ましい耐ピリング性と低反射(sparkle)を兼ね備えた短繊維を得るにある。」(第1欄第9行ないし第41行)との記載があり、次いで、細デニールの靴下編用の連続フイラメント及び服地用の短繊維として長方形断面の繊維が有用であるとしたうえで、(1)長方形断面繊維の長軸(A)/短軸(B)の比が1.3より低い場合には、糸抜けとひつかけ傷が発生して好ましくなく、この比は1.3以上とすることによつて糸抜け抵抗の改良ができる(第2欄第64行ないし第3欄第7行)、(2)このような長方形断面繊維において、6ないし8個の凸部を有する繊維とすることによつて、他の形の断面の繊維を用いた際に観察される光の反射や望ましくない不均一な光の屈曲等が本質的に避けられる(第3欄第8行ないし第14行)、(3)凸部の先端半径比(r/R)を約0.6以下、0.15以上とすることによつて、その他の不都合な光学的特性が解消される(第3欄第14行ないし第19行)、(4)A/Bの比が高過ぎると、フイラメントヤーンの後加工段階、特に靴下編機を用いる場合には望ましくなく、かつ、不均一な撚が発生するので、右の比を1.7以下とすることによつて、これらの不都合が予防できる(第3欄第20行ないし第36行)ことが記載され、更に、実施例Ⅰには、種々のA/B比、r/R比を有す紡糸、延伸後のモノフイラメント及び円形断面のモノフイラメントから靴下が製編され、そのサンプルについての光学的性質並びに物理的性質が開示されており、その第1表には、円形断面のモノフイラメントを用いる場合には、光の反射は極めて低いが、糸抜けが多いこと、長方形断面繊維のA/B比を、この発明の規定を越えて大きくし、かつ、その表面の凸部の先端半径比r/Rをこの発明の規定より小さくして、より平坦な表面で、偏平な長方形断面繊維を用いる場合には、光の反射は「顕著」な強さを有して好ましくないが、A/B比並びにr/R比をこの発明の規定範囲内に設定した長方型形断面繊維を用いる場合には、円形断面繊維を用いる場合ほど低い光反射とはならないが、光の反射が低下し、糸抜け並びに撚りこぶ数も低いものになることが示されており、実施例Ⅱには、6個の凸部を有する紡糸、延伸後の長方形断面繊維、楕円形断面繊維及び円形断面繊維についての光学的性質の観察結果について、6個の凸部を持つた長方形断面を有する繊維は、楕円形断面繊維より、より一般的、かつ、より緩和された光沢を有しており、楕円形断面繊維の場合には、不均整かつ不調和な、かなりの光反射があること、また、無撚のモノフイラメントを靴下に製編した場合、楕円形断面繊維からの靴下は、点状反射が認められたが、6個の凸部を持つた繊維を用いることによつて、かかる点状反射の程度がかなり低下し、非常に好ましい結果が得られたことが記載されているのであつて、以上の記載からすれば、第2引用例記載の発明は、加工工程中における高い糸抜け抵抗と低い撚戻りとを具備するとともに、最終製品において、表面平坦な長方形断面繊維を用いた場合と比較して光学的反射の少ない細デニールの靴下編用の連続フイラメント及び服地用の短繊維として特に有用な長方形断面繊維を得ることを目的とし、特許請求の範囲1記載のとおり、A/Bの比が1.3ないし1.8、先端半径比(r/R)が0.15ないし0.6で、6ないし8個の凸部を有する繊維という構成を採用することにより、前記目的を達することができたというものである。したがつて、第2引用例にいう低い光学的反射は、もともと円形断面形状とすれば、反射が生じないにもかかわらず、加工工程中における高い糸抜け抵抗と低い撚戻りという物理的性質を具備するという要請から、繊維の断面形状を長方形断面としたことによつて生ずる光学的反射を右物理的性質を損なうことなく相対的に低減しようとするもので、光学的反射の低減という問題を最終的な延伸糸としてのフイラメントの断面形状との関係で捉えられているものであり、前述のように限定された6ないし8個の凸部を有する特殊な長方形断面となつている延伸された繊維が更に断面変形するというようなことは、第2引用例記載の発明では、全く念頭になかつたのである。更に、第2引用例記載の実施例Ⅰには、「紡糸口金は第9図に示した如き吐出孔を10個有するものであり、吐出後の糸条は150フイート3/分の空気によつて冷却された。10本のモノフイラメントが分けられて、461ヤード/分で捲き取られた。……次いで当該糸は、3/16インチのセラミツク製の延伸ピンを用いて4.4ないし4.6倍延伸され、延伸糸の繊度は15デニールになつた。」(第3欄第57行ないし第63行)という記載があるが、このモノフイラメントについては、「次いで、それぞれのモノフイラメントから靴下が製編された。」(第3欄第72行)と記載されているように、これら10本の繊維は仮撚捲縮加工されておらず、最終的に該繊維は1本1本のモノフイラメントに分けられメリヤスとして編成されるものであつて、第2引用例には10本の6葉断面の繊維を仮撚捲縮加工する点について、具体的記載があるとはいえない。したがつて、本件審決が、第2引用例には、「光沢度を減少するために、断面6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行うことからなる加工糸の製造方法」が記載されていると認定したのは誤りである。

これに対し、本願発明は、合成繊維の強度を出すために行われる未延伸糸の延伸と、合成繊維の風合(感触、外観等)の改良を意図する崇高性付与のための加撚―熱固定―解撚よりなるいわゆる仮撚捲縮加工を同時に行う加工糸の製造方法に関する発明であり、右方法では、未延伸糸に仮撚を加えながら延伸を行うことから、加工糸の断面変形が大きく、それにより光を集中的に反射する微小平面が形成され、それが布帛の光沢を大にし、特に点光源下あるいは直射日光下において好ましくない点状光沢が発生するという欠点があることから、未延伸糸に加えられる仮撚による繊維の断面変形により生ずる好ましくない光沢を改善することを目的とする発明であり(ちなみに、このような好ましくない点状光沢の発生は、通常の延伸糸を仮撚捲縮加工することによつて得られた加工糸からなる布帛においては、問題となることはなかつた。)、右目的を達するために、当初の未延伸糸の断面と仮撚を加えられることにより変形した断面との関係を調査、研究した結果、数多くの凹凸のある断面(多葉断面)の未延伸糸を用いると、仮撚により、未延伸糸の断面に変形が加えられても、微小平面が生じにくく、したがつて、点状光沢が減少することを見出したことから、本願発明の要旨記載のとおりの構成(本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の記載と同じ。)を採用することにより、得られる加工糸の各構成繊維の断面に微小平面が形成されないようにし、その結果、できあがつた加工糸による布帛の光沢が減少し、特に点光源下や直射日光下の点状光沢の発現という布帛としての好ましくない性質を除去するという課題を解決し、右目的を達することができたのであつて、本願発明の技術思想の根幹はまさにこの点にあり、特定の多葉断面の未延伸糸を延伸同時仮撚捲縮加工することが本願発明の目的を達する具体的解決手段の中核をなしているのである。

したがつて、本願発明と第2引用例記載の発明とを対比すれば、両者がその技術的思想、目的、構成及び作用効果を異にしていることは明らかであり、本願発明の目的、構成及び作用効果を第1引用例及び第2引用例から予測することはできない。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1 第2引用例には、発明の目的について、「本発明の目的は………最終製品において低い光学的反射を示す繊維を提供することにある」(第1欄第34行ないし第38行)との記載があり、右目的を達するために、フイラメントの形状を「6ないし8個の凸部が外周を画きながら滑らかな連続線で繋がれたフイラメントに構成し」たこと(同第1欄第54行ないし第59行)、「右断面形状を有するフイラメントは、吐出孔を10個有する紡糸口金から熱溶融ポリマーを吐出して10本のフイラメントとし、これを捲き取つた後、4.4ないし4.6倍に延伸されることにより得られる」(同第3欄第51行ないし第63行)もので、「本発明に係る6ないし8個の凸部を有する断面の繊維とすることによつて、他の形の断面の繊維を用いた際に観察される光の反射や望ましくない不均一な光の屈曲等が本質的に避けられる」(同第3欄第9行ないし第14行)という効果が生ずること、そして、「本発明で特定された断面形状を有する繊維は種々の衣料用途に有用である。………本発明に係る繊維は多くの崇高加工法の供給糸として有用である。例えば………種々の仮撚捲縮法における供給糸としても有用である」(同第6欄第31行ないし第45行)との記載があり、更に、未延伸糸を加撚、熱固定、解撚することにより繊維の断面形状がその工程中に変化することは周知であり、第2引用例にもその第7図のノズルによると6個の凸部を持つた繊維断面が、また、第8図のノズルによると8個の凸部を持つた繊維断面が得られる(同第2欄第43行ないし第45行)ことが記載されているので、例えば第7図のノズルによれば、未延伸糸の状態では6個の突起を有し、この突起の間に凹部を有する異形断面であることは記載されていると同然に十分示唆されているということができ、前記の崇高加工法あるいは仮撚捲縮加工法における供給糸として有用である旨の記載は、第2引用例記載の発明に係る繊維は、物理的性質と共に改良された光学的性質(低い光学的反射を有する。)を具備した合成繊維及びフイラメント、特に細デニールの靴下編用としての連続フイラメント等を得るのに有用な特定の長方形断面繊維(6ないし8個の凸部が外周を画きながら滑らかな連続線で連がれている断面繊維)であり、このフイラメントが仮撚捲縮法における供給糸として有用であるということは、とりもなおさず右特定された断面形状を有する繊維の有する改良された光学的性質を具備した仮撚捲縮糸として有用であるという意味に解せられるから、最終製品において低い光学的反射を示すために例えば仮撚捲縮法における供給糸として有用である趣旨を記載したものと解するのが妥当であつて、これらの記載を総合すれば、第2引用例には、光沢度を減少するために、断面6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を紡糸、延伸によつて製造した後、加撚、熱固定、解撚による捲縮加工を行う加工糸の製造方法についての技術的思想が開示されているということができる。それゆえ、第2引用例には、本願発明の目的、構成及び作用効果を予測させる開示が十分あることは、当業者であれば認めることができるものである。そして、右の事実に異形断面を有する未延伸糸を延伸しながら加撚し、熱固定し、解撚する捲縮加工糸の製造方法が第1引用例に記載されていることを考慮に入れれば、第2引用例に記載された延伸糸に代えて未延伸糸を用いてみようと着想することは、当業者にとつて特に困難性はない。更に、第2引用例の実施例には、断面6葉の10本の未延伸糸を延伸すること(第2引用例第3欄第48行ないし第64行)及び300本のフイラメントが紡糸され、延伸され捲縮加工されること(同第5欄第40行ないし第47行)並びに第2引用例の特定された断面形状を有する繊維を仮撚捲縮法によつて仮撚捲縮加工した糸がセーター、服地等として用いられていることも記載されている(同第6欄第35行ないし第45行)ことを総合勘案すれば、10本等複数層の異形断面合成繊維を仮撚捲縮加工することが直接記載されていなくとも、右繊維についても仮撚捲縮加工することができるという開示があるというべきであり、右方法により加工糸を製造すれば、光沢が減少した所望の布帛が得られることは記載されていると同様に十分認識できるのであつて、本件審決における第2引用例の解釈、認定に誤りはない。

2 本願発明と第2引用例記載の発明とを対比すると、未延伸糸として、異形断面繊維を用いて、仮撚捲縮加工をする加工糸の製造方法である点で両者は一致しており、第2引用例記載の発明も、最終製品、すなわち布帛等において低い光学的反射を示す繊維を提供することを目的とし、他の形の断面繊維を用いた際に観察される光の反射や望ましくない不均一な光の屈曲を回避することが問題となつていたのであり、従来、未延伸糸を延伸した糸(仮撚加工糸を含む。)を用いた布帛等における光沢が問題であるという認識があつたことは明らかである。このように、未延伸糸を延伸して、得られた糸(仮撚加工糸も含む。)を用いた布帛等に好ましくない光沢が発現し、これが問題となる認識があつたのであり、また、未延伸糸を仮撚加工をすれば断面に変形を生じることが既に知られていたところである以上、未延伸糸の延伸同時に仮撚捲縮加工に際し、得られる加工糸を用いた布帛においても同様な光沢が発現することは十分予測し得るところである。原告は、未延伸糸の延伸同時仮撚捲縮加工に際し、得られる加工糸を用いた布帛において、点状光沢などが発現し、これが問題となる認識が全く存在しなかつたこと、すなわち、同一対象物に対する同一目的、認識がないことを理由として、その進歩性を認められるような錯覚を有しているが、対象物同一、目的、構成、効果が同一であれば、両者は同一発明であり、進歩性の問題とは別の次元のことである。これを本願発明についていえば、円形断面形状の未延伸糸を延伸同時仮撚捲縮加工した場合の光沢の問題、未延伸糸として断面5葉以下の形状のものを延伸同時仮撚捲縮加工した場合の光沢度等は、本願発明を完成する過程における技術の評価及び5葉以上の異形断面繊維の光沢度との対比の効果を述べているにすぎず、引用例に記載された発明との対比における進歩性の有無については別問題である。すなわち、未延伸糸を仮撚捲縮加工をすれば、その断面形状が変形することは明らかであり、本願発明の効果は、第2引用例に記載されている延伸糸を仮撚捲縮加工すれば生ずる光沢度減少の効果から予測し得ることである。それゆえ、第2引用例には、本願発明と同様な光沢度減少という目的をもつて未延伸糸として突起を有し、この突起の間に凹部を有し、かつ、突起が5個以上である異形断面繊維を用い、加撚―熱固定―解撚よりなる捲縮加工を行う加工糸の製造方法という具体的な手段に構成し、本願発明と同様な布帛等の点状光沢が減少するという効果を生ずることが記載されていると認められるので、第2引用例に未延伸糸の延伸同時仮撚捲縮加工法が直接記載されていなくても、第2引用例に記載された延伸糸に代えて未延伸糸を用いて延伸同時仮撚捲縮加工を行うことは、異形断面未延伸糸を延伸同時仮撚捲縮加工法が知られていることを前提とすれば、当業者が容易に想到し得ることである。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 本件審決は、第2引用例には、光沢度を減少するために、断面6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行うことからなる加工糸の製造方法が記載されている旨誤認した結果、本願発明と第2引用例記載の発明との対比に当たり、両者の技術的思想、目的、構成及び作用効果についての差異を看過し、ひいて、本願発明は、第1引用例及び第2引用例記載の発明並びに従来から周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものでり、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  成立に争いのない甲第5号証(第2引用例)によれば、第2引用例は、昭和40年4月5日特許庁資料館受入(この点は、原告の明らかに争わないところである。)に係る名称を「凸部を有する繊維」とする発明の米国特許第3、156、607号明細書であつて、その特許請求の範囲1には、「合成繊維形成用ポリマーから形成されその長さ方向に本質的に均整な長方形断面を有する連続合成繊維であつて、その特徴とするところは、その断面形状は長軸/短軸1.3ないし1.8にして先端半径比=0.15ないし0.6であり、6ないし8個の凸部が外周を画きながら滑らかな連続線で連がれており、更にこれら凸部及び断面の外周を形成しているその連続線は、少なくとも一つの軸に対して対称に存在するものである。」との記載があり、右明細書の冒頭には、右発明の課題、目的について、「本発明は、改良された光学的及び物理的性質をともにうまく具備した合成繊維及びフイラメントに関するものである。とりわけ、本発明は、細デニールの靴下編用としての連続フイラメント及び服地用としての短繊維として特に有用な特定の長方形断面繊維に関するものである。従来、種々の断面形状の合成繊維が知られている。その形状としては、りぼん形、亜鈴形又はドツグボーン形、十字形、小円鋸歯形及びY形があり、これらは二次製品とされたときに種々の特性を示す。しかしながら、これら公知の断面形状を有する繊維はどれもこれも、本発明の範囲内で用いられる二次製品に必須の物性、特に加工工程中で糸抜け抵抗と撚戻り抵抗を具備し、かつ、均整な光学的性質を兼ね備えたものではない。それゆえ、本発明の目的は、改良された光学的性質に加えて改良された工程通過性を有する新規な合成繊維を得るにある。更に、他の特別の目的は、均整にして屈曲自在の表面を持つ靴下編に製編可能な合成繊維を得ることにある。他の目的は、靴下編としたときに均整な光反射を呈するモノフイラメントを得るにある。他の目的は、加工段階において低い撚戻りと高い糸抜け抵抗を具備し、最終製品において低い光学的反射(flash)を示す繊維を提供するにある。更に、他の目的は、服地として用いる場合に特に望ましい耐ピリング性と低反射(sparkle)を兼ね備えた短繊維を得るにある。」(第1欄第9行ないし第41行)との記載があり、次いで右課題を解決し、その目的を達するための構成に関して、(1)「本発明の目的は、次のような合成繊維を提供することによつて達成される。すなわち、繊維の長さ方向に本質的に均整な長方形断面を有し、その断面形状は、長軸/短軸=1.3ないし1.8にして先端半径比=0.15ないし0.6であり、かつ、6ないし8個の凸部が外周を画きながら滑らかな連続線で連がれており、しかも外周に沿つてそれらの線で形成されている凸部は少なくとも一つの軸に対して対称に存在するところの合成繊維である。」(第1欄第50行ないし第59行)、(2)本発明に係る長方形断面繊維の短軸(B)に対する長軸(A)の比が「上述のような限定の繊維断面であるべき必要性については、長軸/短軸が1.3より低いときに、編物特に靴下編とした場合に顕著な糸抜けとひつかけ傷が発生することからして理解される。………かくして、長軸/短軸を上述の範囲内、特に1.4ないし1.7とすることによつて、そのような糸からなる編物は糸抜けやひつかけ傷から解放される」(第2欄第64行ないし第3欄第7行)、(3)「本発明に係る6ないし8個の凸部を有する断面の繊維とすることによつて、他の形の断面の繊維を用いた際に観察される光の反射や望ましくない不均一な光の屈曲等が本質的に避けられる。」(第3欄第8行ないし第14行)、(4)本発明に係る長方形断面繊維の「最も遠くにある凸部の先端は、その断面の外接円3の弧上にあり、半径Rを形成している。」(第1欄第65行ないし第67行)、それぞれの「凸部の先端は、本質的に円弧を形成し………断面を更に特定するためにRに対するrの比として求められ、かかるr/Rは先端半径比と呼称される。」(第2欄第15行ないし第20行)ところ、「ある繊維断面の場合に見られる望まれない光のきらきらは、先端半径比を0.6以下とすることによつて解消される。更にまた、他の繊維断面において観察されるにぶく白つぽい外観もこの値を0.15以上とすることによつて避けられる。」(第3欄第14行ないし第19行)、(5)長軸/短軸の値を保つことによつて糸抜け抵抗の向上に加え撚戻りが避けられる。ここで当該値が高過ぎると、フイラメントヤーンの後加工段階、特に靴下編機を用いる場合には望ましくなく、かつ、不均一な撚が発生する。………撚り戻りは、長軸/短軸の値を上述の範囲内、特に1.7以下とすることによつて、予防することができる。」(第3欄第20行ないし第36行)との記載があるほか、実施例Ⅰにおいては、A/B比が1.30ないし2.97、r/R比が0.7ないし0.3の紡糸、延伸後のモノフイラメント及び円形断面のモノフイラメントで製編した靴下について、その物理的性質及び光学的性質を調べた結果が記載されており、それによると、断面円形のモノフイラメントを用いて編製した靴下の場合には、糸抜けは多いが、光の反射強さは低く、A/B比が2.97で、先端半径比r/Rが0.3という、平坦な表面で、偏平な長方形断面繊維を用いた場合には、糸抜けはないが、光の反射強さは顕著で、A/B比及びr/R比を特許請求の範囲1で限定した数値の範囲内に設定した長方形断面繊維を用いた場合には、糸抜け及び撚りこぶ数も低いものになり、かつ、光の反射強さも円形断面繊維を用いる場合ほど低くはないが、中程度となり、光学的性質で明らかに差が認められることが示されていること(第3欄第49行ないし第4欄第43行)、、更に、実施例Ⅱには、紡糸、延伸後の6個の凸部を有する長方形断面繊維、楕円形断面繊維及び円形断面繊維についての光学的性質の観察結果が示されており、それによると、加撚した6個の凸部を有する長方形断面繊維は、滑らかな楕円形断面形状繊維より、より一般的、かつ、より緩和された光沢を有し、楕円形断面繊維の場合には、不均整かつ不調和な、かなりの光反射があり、最良の透明性が要求される用途に対しては適当でないことが、また、無撚の楕円形断面繊維を用いて製編した靴下には、点状反射が認められたが、かかる点状反射の程度は、無撚の6個の凸部を有する長方形断面繊維を用いることによつてかなり低下し、非常に好ましい結果が得られたことが記載されていること(第4欄第44行ないし第5欄第21行)が認められる。以上認定の事実によれば、第2引用例には、加工工程における高い引抜き抵抗と低い撚戻りという物理的特性を本来具備している延伸後の長方形断面繊維の有する光学的反射の強さを、右物理的特性を失うことなく低減させることを目的として、該繊維の断面形状を改良し、延伸後の断面形状を、前述のように限定された6ないし8個の凸部を有する特殊な長方形断面とすることによつて、偏平な長方形断面繊維と比べて光学的反射の強さを低減させ、右目的を達することができるという技術事項が記載されていることが認められるのであつて、第2引用例を精査するも、未延伸糸を延伸同時仮撚捲縮加工することによつて生ずる延伸糸の断面形状の変形によつて生ずる布帛の点状光沢を防止するために、該未延伸糸の断面形状を特殊なものとする後記認定の本願発明の技術的思想が開示されているものとはいえず、また、そのような技術的思想を示唆する記載があるものということもできない。したがつて、本件審決が、第2引用例には、光沢度を減少するために、断面6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行うことからなる加工糸の製造方法が記載されていると認定したのは、第2引用例記載の発明が未延伸糸の延伸と仮撚捲縮加工とを同時に行わない従来の加工糸の製造方法についての発明である点と「光沢度を減少するために」という目的のもつ意味内容を捨象して認定をしたという意味でその技術内容を誤認したものと認めざるを得ない。また、成立に争いのない甲第4号証(第1引用例)によれば、第1引用例は、昭和47年6月1日特許庁資料館受入(この点は、原告の明かに争わないところである。)に係る名称を「仮撚捲縮ポリエステル糸及び製造方法」とする発明のフランス特許第2,089,237号明細書であつて、右明細書に、本件審決認定のとおり、熱可塑性合成繊維の未延伸糸を延伸すると同時に仮撚捲縮加工を行う従来の方法及び未延伸糸を所望の倍率で延伸し、更に所望の複屈折率を有するまで延伸しながら加撚、熱固定、解撚よりなる捲縮加工を行なう加工糸の製造方法と未延伸糸の断面形状は五角形等の異形断面であつてもよいことが記載されていることは、原告の認めるところであるが、本願発明は、後記認定のとおり第1引用例記載の発明を前提とし、右発明によつて生じた新たな課題を解決するための発明であるところ、同号証を精査するも、第1引用例には、本願発明の右課題についての認識があつたことを認めるに足りる記載はなく、その他本願発明の目的、構成及び作用効果を示唆するような記載も認めることができない。

被告は、第2引用例の記載の一部を取り上げて、第2引用例には、光沢度を減少するために、断面6葉の10本の異形断面熱可塑性合成繊維を紡糸、延伸によつて製造した後、加撚、熱固定、解撚による捲縮加工を行う加工糸の製造方法についての技術的思想が開示されているということができるから、第2引用例には、本願発明の目的、構成及び作用効果を予測させる開示が十分にあるとし、右事実に、異形断面を有する未延伸糸を延伸しながら加撚し、熱固定し、解撚する捲縮加工糸の製造方法が第1引用例に記載されていることを考慮に入れれば、第2引用例に記載された延伸糸に代えて未延伸糸を用いてみようと着想することは、当業者にとつて特に困難性はなく、かつ、第2引用例の記載から、複数層の断面6葉の異形断面合成繊維を仮撚捲縮加工することが直接記載されていなくとも、右繊維についても仮撚捲縮加工することができるという開示があるというべきであり、右方法により加工糸を製造すれば、光沢が減少した所望の布帛が得られることは記載されていると同様に十分認識することができるのであつて、本件審決における第2引用例の解釈、認定に誤りはない旨主張するが、被告の右主張は、前認定の事実に徴すると、第2引用例の記載を部分的に取り出して解釈したものであつて、第2引用例に記載された技術的事項についての理解を誤つたものといわざるを得ず、被告主張に係る技術的思想が第2引用例に開示されているものとは到底いうことができない。したがつて、被告の叙上の主張は、採用することができない。

一方、前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証(本願発明の昭和56―13810号特許公報)及び第3号証(手続補正書)を総合すれば、本願発明は、紡糸後の熱可塑性合成繊維未延伸原糸を所定の強度に延伸しながら加撚―熱固定―解撚よりなる捲縮加工を同時に行つて加工糸を製造する加工糸の製造方法、すなわち延伸同時仮撚捲縮加工に関する発明であり、未延伸糸に仮撚を加えながら延伸すると加工糸の断面形状が非常に大きく変形し、繊維表面に光を集中的に反射する微小平面が形成され、その結果、右繊維を使用して作つた布帛に、延伸糸を捲縮加工した加工糸を使用して作つた布帛にはみられない点状光沢が発生することから、衣料用素材にとつて好ましくないものとして嫌われている右光沢を減少させる必要があるという従来の右加工法に特有な技術的課題を解決するため、前示本願発明の要旨記載のとおりの構成(本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)を採用し、その結果、延伸同時仮撚捲縮加工により、未延伸糸の断面形状が大きく変形しても、光を集中的に反射する微小平面が形成されにくく、したがつて、光沢、特に点光源や直射日光下の点状光沢の少ない布帛を得ることができるという優れた効果を奏することができたものと認められる。

2  叙上認定したところにより、本願発明と第1引用例及び第2引用例記載の発明とを対比すると、本願発明と第1引用例記載の発明とは、未延伸糸を延伸すると同時に仮撚捲縮加工を行う加工糸の製造方法についての発明である点で同じであるが、本願発明は、第1引用例記載の発明に係る右加工糸の製造方法を前提とした発明であつて、第1引用例に本願発明の課題についての認識があつたことを認めるに足りる記載はもとより本願発明の目的、構成及び作用効果を示唆する記載も存しないことは前認定のとおりであり、更に、第2引用例記載の発明は、布帛を構成する延伸糸の断面形態を前示のとおりの特定の形態(多数の凸部を有する長方形断面)とすることによつて、特定の形態としない場合(単なる長方形すなわち偏平断面)に比して、布帛の光学的反射強さを低減することができるものであるのに対し、本願発明は、延伸同時仮撚捲縮加工において、供給原糸である未延伸糸の断面形状の大きな変形があつても、光を集中的に反射する微小平面が形成されないように、未延伸糸の形態を前示のとおりの特定の形態としたうえで、複数層撚糸構造の加撚により捲縮加工を行うことによつて、該未延伸糸の断面形状の変形による加工糸中の微小平面の形成と、その微小平面による該加工糸で作つた布帛に生ずる点状光沢の生起という欠点を除去して前示課題を解決したものであるから、第2引用例には、本願発明が解決しようとした技術的課題及びその解決手段についての認識はなく、しかも両者が、その目的及び構成を異にし、その奏する作用効果をも異にすることは明らかというべきである。してみれば、本願発明をもつて、第1引用例及び第2引用例記載の発明並びに従来周知の事項から容易に発明することができたものとする本件審決の認定判断は誤りといわざるを得ない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取決しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 杉山伸顕 川島貴志郎)

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